日本でメディア情報を得る感じと、
現地でリアルな空気で得る感じは、
まるで違ったと思う。
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2012年9月、尖閣諸島問題を契機に反日運動が爆発。
パナソニックやイオンなど多くの日系工場・店舗が襲撃、
日本車に乗っているだけの中国人でさえも暴行される。
タクシーで日本人とわかると乗車拒否。
メディアには出なかったが、集団リンチにあって大怪我をした日本人もいた。
とにかく、外で日本語を話すと危険な雰囲気だった。
(僕は今でも駅やエレベーターの中では、日本の電話は出ない)
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だからと言って、中国のことが嫌いになったり、
日本に帰りたいとは一度も思ったことはなかった。
それは、
常に一緒にいる中国人社員たち、そして、
全ての中国人の友人たちが、何らかの形で守ってくれようとたし、その好意を有り難く頂き、また恩返しをしたいという強い気持ちが湧き出たからだと思う。
「経済活動を通じて、日中友好を実現する」という、
事業思想はここから生まれた。
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今回の日中首脳会談の実現は、対米政策という外的要因が背景にあるだろう。ただ、民間人の、ビジネスマンの、中国でリアルで生きている僕にとっては、理由など二の次だ。
長らく待った早春の陽光に浸っていたい気分なのである。